──夢のなかで、何かが緑に染まっていた。
第三章:クロロフィルの夜
夜中に目が覚めた。
部屋は真っ暗で、時計の針が何を指しているかもわからない。
けれど、チノスケは「起きてしまった」ことだけを、はっきりと理解していた。
眠りの底から、何かを連れてきた気がした。
それは、緑のことばだった。
――成分:クロロフィル。
昼間、何気なく見たティッシュの裏。
成分表示の欄に、小さくそう書かれていた。
緑の血が出た理由を、ほんのすこしだけ説明してくれるような。
でも同時に、もっと深く潜っていきそうな。
その言葉は、ずっと頭の中で揺れていた。
チノスケは、言葉を「味わって」しまうタイプだった。
口にしなくても、文字を見ただけで、喉の奥が反応する。
クロロフィル、クロロフィル、クロロフィル。
目を閉じても、緑色のもやが脳裏に広がっていく。
少し、草の匂いがした。
鼻血のことを思い出す。
拭きとったはずの緑が、まだ体内に残っているような気がする。
それはたぶん、血ではなく、言葉の色だった。
翌朝、目覚めたチノスケは、なんとなく「緑」を避けた。
ほうれん草、パセリ、抹茶味のプリン。
そのどれもが、自分の体のなかとつながっている気がして、少しこわかった。
誰にも言わなかった。
言えば笑われると、わかっていたから。
でもその夜もまた、夢の中であの文字が現れた。
クロロフィル。
それはもはや言葉ではなく、感覚そのものだった。
チノスケは、眠りの中でその成分を飲みこみながら、静かに息をしていた。
――鼻の奥が、少しだけ、すずしかった。